

クリエイター、とりわけ若手のクリエイターやクリエイターを目指す人にとって、自分が何者であるかを伝えるのが、ポートフォリオ(作品集)です。人生の転機のためだけでなく、自らを振り返る過程として作っておくとよいでしょう。マネージメント側の経験が豊富なUXデザイナーの金子剛さんを訪ねて、相手の心に届くポートフォリオ作りのコツについてうかがいました。
1.自分という商品をプレゼンテーションする意識で作ろう
金子剛さんは、無人コンビニ『600』を運営する600株式会社でUXデザイナー、サービスデザイナーとして活動するかたわら、フリーランスのUXデザイナーとしてもさまざまな事業に携わっています。現職以前もマネージメント職としてのキャリアや、求人サイトを運営する会社での経験を重ね、多数のクリエイターのポートフォリオを見てきたそうです。
ポートフォリオを「いざ用意しよう」と思うと、戸惑う人が決して少なくないと思います。何をどのように、どういう形で表現すればいいのか? 実はよくわからなかったりするからです。しかも、美術作品のような完成度を求めるあまり作る手が止まってしまう若手クリエイターも多い、とも金子さんは話します。
そこで金子さんには、ズバリ「いいポートフォリオとは何か?」と尋ねると、「上手に自らのことをプレゼンテーションできているポートフォリオ」との返答が! ポートフォリオは美しくなければいけないと思われがちですが、最も大事なことは「伝わること」だとも補足します。だからこそ、「明らかに他とは違う、素晴らしいポートフォリオは一目でわかる」そうです。
「違うな、と感じるポートフォリオは、必ずポートフォリオを見る相手を想像して作られています。(ジャンルを問わず、共通して言えることとして)クリエイターである自分をいかに外部にきちんとプレゼンテーションできるか? そのための1つのツールがポートフォリオなのです」
2.ファーストビューを意識しよう
他者を意識しながら、具体的にすべきことは何でしょうか? 突破口の1つが「ファーストビュー」の改善です。
一例として、金子さんの過去の作例を挙げていただきました。構成は、パッと見ただけで自らが何者であるか(どのような強みを持つ人間か)がわかる内容に配慮されていました。例えば、冒頭に「●分で確認できる」とあれば、短い時間で確認できると目安になりますし、自らの特性を円グラフ風のビジュアルで表現するのも参考になります。
「理想は、パッと見た相手に内容が伝わることです。“あっ、いいな!”と思えるポートフォリオは、用意した作品が素晴らしい、ということよりも、ポートフォリオを作成した本人のことがよく伝わる中身であるかどうか。残念ながら、多くのポートフォリオができていないからこそ、ちゃんとできるとチャンスなのです」
「相手を意識しながら、当人が伝えたいことを狙って構成しているか?」が問われています。
3.真似は禁物! よくありがちな、もったいないポートフォリオ
では先に、作り手のことが伝わらない、残念なポートフォリオ例を挙げます。心当たりがある人は、早々に見直してください。
やってはいけないポートフォリオの3箇条
- 1.作品の数勝負に終始し、作品を羅列しただけ
- 2.完成までの過程や作品の意図が表現されていない
- 3.自分の希望ばかりを伝えている
1.作品の数勝負に終始し、作品を羅列しただけ
「1がとても多く見受けます。もしくは、Zipファイルに過去の作例をバッと詰め込んでデータを送付してくるケースです。見ればわかる、伝わるはず、というスタンスは控えましょう。リアルの現場で、目の前の人に作品集を渡して、“これを見たら私のことがわかる”なんて言い方はしませんよね?」
2.完成までの過程や作品の意図が表現されていない
「1にも関連するのが2です。作品だけ見せられても、作品全体を担当したのか、その一部を担当したのか。何をどう具体的に、どのような狙いで、どういった成果を導いたのか? 何もわかりません。事例の中には、求めたい成果のために意図的にクリエイティブ要素をセーブした表現に仕上げている場合もあります。事例を載せるなら、完成体だけを見せず、事例への関わり度合いが伝わる説明も記してください。」
3.自分の希望ばかりを伝えている
「3は、希望があることを否定したいわけではありませんが、採用の場面であれば採用側の足りないところを補強したい、と想像できます。採用側のニーズに本人の希望が合致して一緒に成長できる、というのが理想的です。一方的な希望を伝えるのではなく、自らの希望を考慮しながらニーズにどう応えられるか、を反映したいです」
4.面接官のペルソナを作ってみる
ポートフォリオ作りは、自分ありき、希望ありきで突っ走ると、失敗する(相手に届かない)実態が見えてきました。……とはいえ、いざとなると相手のことが頭から消えて、作ることに没頭しがち。そうした人たちには金子さんは「オススメは、面接官がどういう人なのか? ペルソナ(人物像)を作ること」だと助言します。
「例えば、就職のためのポートフォリオであれば、面接官が何を念頭に採用に臨んでいるのか? 応募事項や会社の状況を推察すると、見えてくることがあると思います。デザイナーであれば、その会社が抱えているであろう課題が何か? そもそも人手が足りず仕事がまわしづらいのか、より現場に近いタイプを望んでいるのか、マネージャー職に近いような人材を求めているのか、などです」
ポートフォリオが、本人と相手とのマッチングを確認するツールになれれば、という考え方もある、と金子さんは付け加えます。
「仮に理想的なポートフォリオを作れたとしても、相手側の状況によって採用されないことはあります。採用する側の事情はどうしてもありますし、どれほど素晴らしい人材でも、たまたまとてもよく似たタイプの人が先に入社されていたために見送られたり、プロジェクトに必要な強みはあるけれどアウトプットの相性が合わずに見送られることは出てきます。ただ、きちんとポートフォリオを作れると、事前に相手と合う、合わないというマッチング要素が機能しやすくなり、より自分に合ったところに巡りあいやすくなってほしいです」
5.相手を意識した4つの観点を踏まえて作ろう
では、改めてポートフォリオ作りについて、押さえておきたいツボを4点にまとめました。
ポートフォリオ作りに必要な4つの観点
- 1.作り手自身の(現状の)強みが伝わること
- 2.数より説明、質重視! 作品の狙いがわかること
- 3.ストーリー仕立てになっていること
- 4.希望の詳細は最後に
心がけるべきは、手短でわかりやすいプレゼンテーションを作るつもりで動くことです。1〜4盛り込んでいくと、膨大で冗長になりがちですので、全体のボリュームも整理してください。
「1はファーストビューにも絡みます。自分が何者かを伝えた上で、2を用意します。コツは、作品を作り出す前の状況、作品を生み出す目的、作り出した後の成果、といったように完成までの過程を段階を追って確認できる構成です。すると、事例の関わり方がわかり、過程を通じて作り手の潜在性なども伝わってきます。それをいかに相手の気持ちが動くように構成できるかという3が問われてくる。ここまでをどれほどのボリュームにするかも含めて、まさしく自分という素材を使ってのプレゼンテーションであり、4の伝え方も3までの構成次第で変えていきましょう」
作品が生まれる前の背景、作り出す過程、完成後のことが簡潔に説明されているとベター。作品の説明に深みが出てきます
結果として、「一緒に働きたいと思うか」「プロジェクトに参加してほしいと思うか」「今すぐではないけれど、別の機会で声をかけたくなるか」「日頃の動向を折に触れて確認したくなるか」といった、ポートフォリオを見た人のプラスの反応を引き出し、相手の琴線に触れられるかどうかにつながります。
6.「実績がない」「初めて」というあなたに知ってほしい作り方
これから社会経験を積んでいく人、まだ十分な実績を持っていない人はどうすればいいでしょうか?
「作り方の肝は、ここまでと同じです。他者の視線、他者の立場を意識して自分についてまとめていきます。その際、自らの特徴をなるべく具体的な形で表現できるといいかもしれません」
というのも、金子さん曰く、採用側が見たい評価軸の1つが「成長性」だからです。相手が未経験者や若年層を求める場合は特にそうで、その時点でのできること以上に、その人の伸びしろや潜在性に着目しているわけです。
例えば、1つの作品作りについて深掘りしていく見せ方が一手です。
「クライアントワークでなくてもいいのです。オリジナルの作品を掲載するなら、作るにあたっての設定や背景、仮想のターゲット層、想定の課題と作品を通じて伝えたいこと、完成までの過程を表現するのです。“これで、どうだ”という見せ方ではなくて、1作品を生み出すにあたっての過程、自分の考えを表現してみてください。掲載する作品の数は、極端な言い方をすると1つでも十分。深く説明することを意識してください。仮に伝えられるスキルが情熱だけだったとしても、それが相手側には得難い人材、と思わせることができれば成功です」
7.自分の特徴をわかりやすくポートフォリオ化してみよう
クリエイティブな事例に紐づかなくても、何かしら過去の経験の深掘りを表現することも一手です。「自分は負けず嫌いです」「粘り強さには自信があります」だけでは抽象的です。なぜ負けず嫌いで、どれほど粘り強さがあるのかを「他者にわかる表現」で説明したいところです。
「接客業のアルバイトの経験をまとめながら、自分がチームプレーの中で力を発揮しやすい、と伝えることもできます。やり始めの初期は、自分のマインドの状態や店舗の状況などを伝え、自分の取り組み方の変化で自分自身がどう変わったり、店舗内の雰囲気がどう変化したか。そして現在、どうなっているか。“できること”と“できる理由、根拠”を組み合わせて、取り組み前後で差分がわかると伝わりやすくなります」
置かれた状況は、人によってさまざま異なります。ポートフォリオ作りを通じて、他者を意識した表現について磨いていけると、必ずその後の知見につながるでしょう。

フリーランスの編集者/ライター。雑誌『Web Designing』(マイナビ出版)の常駐編集者などを経て、主にデジタルクリエイティブやデジタルマーケティング分野の媒体の編集/執筆、オウンドメディアの企画/コンテンツ制作などに携わる。