実際に第一線で活躍するクリエイターへのインタビューを通して、若きクリエイターが長く活動を続けるヒントを見出せないでしょうか? 元庭師から転職し、30歳間近での上京などを経ながら、20年以上キャリアを重ねるデザインディレクターの吉原潤さんを訪ねて、「第一線で継続的に働くこと」の要因を探ることとしました。

クリエイター最終更新日: 20210122

長く第一線で働けるクリエイターであるために。吉原潤氏に聞く

実際に第一線で活躍するクリエイターへのインタビューを通して、若きクリエイターが長く活動を続けるヒントを見出せないでしょうか? 庭師から転職し、30歳間近での上京などを経ながら、20年以上キャリアを重ねるデザインディレクターの吉原潤さんを訪ねて、「第一線で継続的に働くこと」の要因を探ることとしました。

吉原潤さんのプロフィール

NEXMAGユーザーの中には、ビジネスパーソンだけでなく、10〜20代の若手クリエイターやクリエイター志望のユーザーが多数います。そうしたユーザーたちには、さまざまな経験とともに長年第一線で活躍する現役クリエイターの生の声が参考になるはずです。吉原潤さんは、地元の京都在住時代に庭師を務め、本格的なデザイナー転身のために上京したのが28歳。異色の経歴と決して早いスタートではなかった過去を持つからこそ、クリエイターとして生計を成り立たせる難しさを語るにふさわしい、と考えました。

Yrdの吉原潤さん

Yrd(ヤード)という屋号で活動する吉原潤さんは、インターネット黎明期である1990年代後半からWeb案件に携わってきたベテランクリエイター。ナショナルクライアントを中心に多数のプロジェクトに参画してきています。2000年に上京してからはbA(ビジネス・アーキテクツ)、2007年からtha ltd.、2009年から602 inc.と、国内の名だたるクリエイティブプロダクションに在籍。2016年からYrdとして独立し、今日に至ります。20年以上の活動の中で、自ら手を動かすデザイナーとして企業ブランドの構築をはじめ、デジタルクリエイティブの設計からディレクションまでを担うほか、ブランドガイドラインやブックなどの非デジタル案件も含めて幅広く携わってきた実績を持ちます。

吉原潤さんが最近手がけた3事例

ここ数年の中で吉原さんが関わってきた代表的な事例について、最初にデジタル案件と非デジタル案件の両方を紹介します。

“UNBUILT TAKEO KIKUCHI(アンビルトタケオキクチ)オーダーセットアップ オーダースーツ オーダージャケット”.UNBUILT TAKEO KIKUCHI.
https://unbuilt.jp/

2018年12月、ビジネスパーソン向けの新ブランド「アンビルト タケオキクチ」が立ち上がり、公式サイトのディレクション、設計、デザインを手がけています。

プラント・電気・電力・計装・空調・建築・情報通信など、総合設備エンジニアリング企業である富士古河E&C株式会社のブランドガイドライン策定、英語サイトのデザインディレクション及び、デザイン、新聞広告を手がけています。

“STAR WARS CUSTOM COLLECTION by ORIGINAL STITCH | あなただけのカスタムオーダーシャツ”.STAR WARS CUSTOM COLLECTION by ORIGINAL STITCH.
https://starwars.originalstitch.com/

2019年12月、映画『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』公開に合わせて、オンラインカスタムシャツブランド「ORIGINAL STITCH」が手がける「STAR WARS CUSTOM COLLECTION」(ユーザーがカスタマイズできるTシャツ)のためのWebサイトデザインを務めています。

庭師からデザイナーへの転身

ここから吉原さんの経歴を追いかけていきます。

吉原さんは京都精華大学で美術学部立体造形学科へと進学。卒業後に神戸大学で研究生を務めながら、持続可能なモノ作りの道を探し続ける中で「庭師」という仕事に巡りあいます。

「地元の京都で庭師を務めていた約3年はとても楽しくて、当時の仲間とは今でも付き合いがあるほどです。空間作りができる庭師の仕事が、モノ作りという自分の希望に通じる道だと考えて選んだ道でした。著名な方の大きな邸宅の庭や昔ながらの伝統的な寺社仏閣に携われるなど、貴重な経験ができた一方で、例えば代々造園業でないと、作庭に必要な価値の高い石や植木を仕入れるのが難しいといった、新参者には越えがたい壁が存在する世界であることも知ることになります。“庭の手入れ以上の空間作りがなかなかできないのなら”と考えると、モノ作りがしたい自分の思いを大事にしたくて、居心地は良かったけれど離れる決断をしました」

庭師を辞めてから2000年に上京するまでの1年少々の間で、吉原さんは初めてWebサイト制作に関わるようになります。

「神戸大学の研究生時代の友人の紹介で始めたのがWebサイト制作でした。実家が設計事務所でコンピューターが身近にある環境だったことも追い風となって、自分自身がどんどんのめり込んでいきました。当時はWebへの参入障壁がとても低く、分業の考えが存在しなかった時代です。独学で技量を身につけながら、何とか知識を駆使して一人で全工程の作業を行い、納品しながら経験を積んでいました。

とはいえ、独学の限界もあります。周囲の助言もあって、もっと自分自身を磨きたくて上京を決意します」

28歳は遅くない! 年齢は気にすべきなのか?

その後、業界を牽引していたプロダクションであるbA(ビジネス・アーキテクツ)への入社が決まり、上京を果たします。当時の吉原さんが28歳。

もし自らに置き換えると……進路を変えようかと迷うクリエイターや、クリエイティブとは異なる道からクリエイターへと転身したいと考えているユーザーにとって、新たな挑戦が30歳を控えた時期となると、若さだけでは押し切れない覚悟が伴うはずです。

「できあがってしまっている業界業種ほど、年齢は気になるものです。経験豊富な先駆者たちと渡りあうには、より早い時期から精通できているほど有利だからです。

僕も当時は“新たに何かをやり出すには遅い年齢かも”とよぎったことはありました。ただ、インターネットやWebの世界が始まったばかりで、新しいパラダイムシフトが起きている瞬間だったので、他の業界に比べて思い切って飛び込みやすかったかもしれません」

吉原さんの場合、元々細かいことを気にしない性格と、上京後にがむしゃらに働いていたことが重なって、周りで働くメンバーと自分の年齢が気になることもほとんどなかったそうです。

「デジタル界隈は今もずっと変わり続けています。どうなるか予測がつかない世界への挑戦であればあるほど、年齢は気にしなくて大丈夫だと思います。“好きだ”“やれる”という気持ちを大切にしてほしいです。3年間、真面目に続けていると必ず身につくスキルがあるので、違った展望が自らの力で持てるようになるはずです」

さまざまなプロダクションに在籍しながら大切にしてきた思い

2016年、40代へと差しかかったタイミングで独立、「Yrd(ヤード)」を立ち上げます。その間、bAをはじめ、デジタルクリエイティブ業界で名を馳せるtha ltd.、602 inc.といったプロダクションでキャリアを重ねてきました。デジタル界隈は流動性の高い業界ですが、環境を変えるタイミングやリスタートで心がけていたこととは何だったのでしょうか?

「転職をする、独立することは、今までと違った人たちとの新たな出会いが増えますし、僕自身はネガティブには感じていません。一方で、環境に慣れる時間が必要なことも確かです。自分がより良いパフォーマンスを発揮するために、“環境の変化に慣れる時間”は気にかけて行動していました」

吉原さんが根底で大切にしてきたことが、「自らの成長とともに自分が面白く、興味深く取り組めること」だったと語ります。辞める場合は、所属した組織内できちんと意思を伝え、理解を得られる形に最大限配慮する、とも付け加えます。

「今いる場が、自分がイメージする成長曲線と合致しているかは意識しています。自分のやりたいこと、希望することがある程度担保できる環境にいるなら、同じ組織内でパフォーマンスを発揮する方がいいとも言えるからです」

デザインディレクターとして、相手の意見を理解すること

独立以降の活動は組織内のしがらみから解放される利点とともに、組織に守られず自らが率先して苦境を打開する必要があります。Yrdとしての活動で大切にしていることを問うと、「意見や見解が違う場合でも、相手の言い分や感じ方に対して必ず一度は理解しようとすること」を吉原さんは挙げます。

「依頼相手は、当然ながら自分と異なる立場にいます。例えば、経験や知識が異なる相手に対して、その場で一方的に答えても話が噛み合わなくなります。お互いの立場の違いを理解して、なるべく一度は相手の言い分を理解しようとするように心がけています。

感情的にならないように気をつけて、“ああ、それは無理ですね”と判断しないように決めています。相手の言い分を整理して真意を見つけ、 “ここは3通りの考え方があるので、基準を決める必要があります” “この部分は現在の要件とは異なるので、追加要件になります”といったことを別の機会で返答できるようにします。相手を尊重し、互いに丁寧にやり取りすることで相手も僕自身を理解することにもつながります」

その先に意識していることは、「同じ相手から二度目の依頼があること」です。

「二度目がある、ということは、一度目で一定の評価を得たことになるからです。こうして相手とのリレーションを深めて、常に相手の課題と本質的に向き合い、さらに質の高い成果物を提供できるようにしたいと思っています」

タイムマネージメントのススメ

最後に、セルフマネージメントが問われるフリーランスや独立したばかりの若きクリエイターに向けてアドバイスを求めると、吉原さんからは「何かしらのヒントに」という前提で、1つの取り組みを紹介してもらいました。吉原さんは10年以上、日々の過ごし方をデジタル管理(タイムマネージメントの可視化)しているそうです。

上のサンプルのように、毎日の予定を色分けで管理すると、後からの振り返りがしやすくなります。例えば、プロジェクトに対する時間のかかり方が可視化されて、取り組み方の改善に結びつけられるでしょう

「組織に所属していると、企業側が出退勤の管理などをマネージメントしていますが、本来は雇用者、被雇用者に関わらず、自分で時間を管理する必要があります。そこで、“時間の家計簿”という感覚で、自分のパフォーマンスがどのような時間の構成で形成されているのか、細かく各行動をきちんと可視化するようにしています」

こうした可視化は、振り返りや今後の改善に大きな示唆を与えます。例えば、1案件あたりに必要な業務時間や、自分にとって集中が続く時間や日数などを、ログがあることでクリアに見えてくるからです。ますますテレワークの機会が増えている昨今、タイムマネージメントの知恵とも言える取り組みではないでしょうか。

ライタープロフィール 遠藤義浩

フリーランスの編集者/ライター。雑誌『Web Designing』(マイナビ出版)の常駐編集者などを経て、主にデジタルクリエイティブやデジタルマーケティング分野の媒体の編集/執筆、オウンドメディアの企画/コンテンツ制作などに携わる。

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