今回は、世界的に有名なデジタルプロダクションであるUNIT9で、長くクリエイティブディレクター(CD)を務めた岸本高由さんのもとを訪問。異国で働くきっかけやモチベーション、日本との働き方の違いなど、貴重な知見や考えをうかがいました。

クリエイター最終更新日: 20200618

世界的プロダクションUNIT9の元クリエイティブディレクターが海外での活動について語る

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クリエイターである自らの今後や将来を考えた時、海外や異国に関心を持ったことはありませんか? 今回は、世界的に有名なデジタルプロダクションであるUNIT9で、長くクリエイティブディレクター(CD)を務めた岸本高由さんのもとを訪問。異国で働くきっかけやモチベーション、日本との働き方の違いなど、貴重な知見や考えをうかがいました。

インターネット黎明期からの変遷

岸本高由さんは、現在、テレビCMや映画などのコンテンツ制作会社であるAOI TYO Holdings株式会社にて、事業研究開発を担うPathfinder室の室長を務めています。かつて岸本さんは、経営統合前の前身にあたるTYO(ティー・ワイ・オー)に所属し、インターネット黎明期である1990年代からデジタルクリエイティブ界隈でのキャリアを重ねてきました。2002年には岸本さん自身が取締役の1人として、デジタルクリエイティブ業務を中心に据えたTYO-ID(ティー・ワイ・オーインタラクティブデザイン)を時代に先駆けて設立します。

岸本高由さん岸本高由さん

その後2006年からの約9年間はイギリスへと渡り、UNIT9のCDとして活躍されます。UNIT9は3名のイタリア人、Piero Frescobaldi(ピエロ・フレスコバルディ)、Tom Sacchi(トム・サッキ)、Yates Buckley(イエーツ・バックリー)によって創業。本社のあるイギリス・ロンドンだけでなくアメリカ・ニューヨークをはじめヨーロッパ各国のクライアントとの案件を多数手がけ、世界三大広告賞(カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル、THE ONE SHOW、Clio Awards)など、さまざまなクリエイティブアワードを受賞する世界的なプロダクションです。

“UNIT9 | We are an innovation production studio”.UNIT9.
https://www.unit9.com/

岸本さん在籍時のUNIT9のオフィス風景岸本さん在籍時のUNIT9のオフィス風景

現地に行けば何とかなる!

その後もシンガポールへ渡るなど、10年以上の海外生活を経て日本に戻り、現職に至ります。渡英初期をうかがうと、決して英語が流暢に話せたわけではなかったそうで、「まずは気にせず飛び込んだ」と言います。

「人間ですから、現地に行けば何とかなるものです(笑)。当時の僕は、海外旅行ができるくらいの英語力でしたが、コミュニケーションは取れるという感触は持っていました。渡英前にUNIT9と交流していた時も、インターネットやクリエイティブ、アニメのことなど、共通の話題なら何とか意思疎通ができていたからです。

コミュニケーションと仕事(ビジネス)は違うのでは? と問われるとその通り。確かに苦労しました(苦笑)。イギリスのビザが発給される期間に日本で英会話学校にも通いましたが、現地の現場では太刀打ちできず。でも語学に不安がある人も、状況が許されるなら現地に飛び込むことを優先してほしい。日本人は読み書きでカバーできるので、最初は僕もチャット系のツールで急場をしのいだりもできましたし。

英語だけという環境に身を置けると、耳が確実に慣れます。文法の正しさより現場で通じる英語に親しめます。“みんな、間違った英語でも気にせず話すのだな”、と体感できます」

岸本さんのお勧めが、現地の語学学校です。

「難しいならフィリピンなど東南アジア圏で低予算で一定期間の留学プランもありです。要は、日本語を話さない、周りが必然的に英語という環境に身を置く。すると、自分と同じように英語が満足に話せない外国人と一緒に勉強できる。これがいい! 話せない者同士で友だちになれるし、彼ら、彼女らとの意思疎通がスキルアップにもなるし、励ましあえますからね」

海外に出てもっと自由になりたい

そもそもの話として、岸本さんが渡英を決断した理由をうかがうと、2つあると教えてくれました。1つが“重鎮”と呼ばれ出したこと、です。

CM制作会社であるTYO(ティー・ワイ・オー)でCMディレクターをしていた岸本さんは、大学時代からパソコンに慣れ親しんでいた経験を買われて、入社早々デジタル担当も任されます。1990年代、インターネットが盛り上がり出す時代からデジタル部門のCDとしてのキャリアを重ねることになります。

「当時、ブロードバンド先進国として日本のデジタルクリエイティブは世界で注目されていました。僕らは早くから手がけていたので、TYO-IDが国内外から関心を持たれることも多く、そうしたタイミングでUNIT9とも会いました。UNIT9の創業メンバーがイタリア人で、彼らは日本のアニメーションをよく知っていたんです。すっかり意気投合(笑)。日本の上の世代と話をするより余程ギャップを感じず話せたほどです」

その縁がきっかけで、TYO-IDとUNIT9が資本業務提携を結び、岸本さんがUNIT9のCDとして渡英するきっかけが生まれます。

“Captain Morgan: Captain’s Conquest | UNIT9″.UNIT9.
https://www.unit9.com/project/captains-conquest/

岸本さんがCDを務めた施策で、Captain Morgan(ラム酒の銘柄)が2012年に公開したスマートフォンゲーム「Captain's Conquest」岸本さんがCDを務めた施策で、Captain Morgan(ラム酒の銘柄)が2012年に公開したスマートフォンゲーム「Captain’s Conquest」

「35歳でした。当時は、国内で僕のことを第三者が紹介しようとすると、“業界の重鎮の岸本さん”みたいな言い方をされて。早くから取り組んできたことへの評価と捉えれば悪い意味ではないけれど、“35歳で重鎮か”と重たい気持ちにもなったものです。自分ではまだまだ若いと思っていたし、もっと自由でいたいのに重鎮か(苦笑)、と。

もう1つの理由が、僕が手がけていた案件は日本国内向けが中心でした。“インターネットは世界とつながっている”としながら、実際は国内だけ。閉じた状態でいる自分の状況に不満があって、いつかは海外に出てみたい、と考えていたのです」

忖度しない! 伝えたいことを必ず言葉や行動で伝えること!

日本と比べると、人と人との接し方や働き方にどのような違いがあったのでしょうか? 岸本さんには、特に大きく違う点を中心に話してもらいました。

「海外では、自分の言いたいことは必ずストレートに伝えてください。忖度や謙譲は一切通用しません。日本語だと敬語があって、上下関係を意識したコミュニケーションが求められます。自分が3言えば、相手が察して10を受け取ってくれる会話も成立しますが、海外だと無理。3を伝えたら3でしかありません。

コミュニケーションの現場でつくづく感じたのは、日本は野球に近しい。打席(順番)が必ずまわってくる文化です。イギリスに限らずヨーロッパは、フットボール、サッカーの世界なんです。どんどん勝手にパスがまわり、自分でパスを貪欲にもらいにいったりパスを出さないと、置いていかれます。気づけば、全然違うところで新たなパスがまわって(笑)」

 こうした異文化のギャップだけを聞くと、尻込むかもしれませんが、「忖度のない自由でフラットな対人関係が築けます」とも岸本さんは教えてくれました。

「上下関係がないし、年齢に関係なくファーストネームで呼び合う環境です。いいものはいいし、悪いものは悪いと、年下でも年上に当たり前のように伝えます。特にクリエイティブの現場では、上下関係ほど邪魔なものはないので、率直な関係が築ける自由な雰囲気がとても僕には楽でしたね。お互い、オフの時間に仕事の関係性を持ち込まないので。僕も10歳以上離れた友人がたくさんできました。

仕事終わりにUNIT9の若き仲間たちと飲み集う岸本さん仕事終わりにUNIT9の若き仲間たちと飲み集う岸本さん

加えて言うと、イギリスやヨーロッパという環境がより飛び込みやすいと感じました。僕自身はアメリカ本土で働いていたわけでなく、イギリスや東南アジアでの経験が中心ですが、もしアメリカだとイギリスより“英語を求められる厳しさ”があったと思う。ロンドンは人種の坩堝(るつぼ)と言われるくらい、英語を母国語としない外国人が数多く流入する環境です。なかなか話せないものです、英語が母国語でないと。そういう人たちへの理解が感じられました」

磨いてほしい「他者を意識した表現ができる能力」

UNIT9時代の岸本さんは、よく採用にも携わっていたそうです。実際の現場を通じて感じられたこともうかがいました。

「例えば、CVやレジュメと呼ばれる、履歴書のようなものを見る場合、カチッと決まった形式があるわけではないし、年齢欄もありません。採用側が見たいのは、この人がどういう能力の持ち主なのか。

目につくのは、作品そのものの良さだけでなく編集力ですね。どのように作品や情報を載せているか? うまく編集できているCVを見ると、どんなクライアントでも他者を意識した表現ができそうだ、という判断材料になるわけです」

在籍当時、書き募っていたラフ在籍当時、書き募っていたラフ

日本の場合でもポートフォリオを用意するケースは少なくありません。作ることにのめり込んで、抜けがちな「他者がどう見るか」という視点は、参考にしたいところです。

「現地の採用現場で何人か日本人とも会って話しましたが、英語が結構話せるのに、全員が共通して“それほど話せない”と言うわけです。海外だと、本当に話せない、と思われるだけです。僕より英語がうまいのに、という人でもそう言ってしまう。“できることはできる”、ときちんと言うべきなのです。異国の人たちはその点ではたくましい。できなくてもできる、と言い張る。会うと全然英語が話せないのに、CVには“話せます”ときっぱり書いてくるので(笑)」

” Comcast Town | UNIT9″.UNIT9.
https://www.unit9.com/project/comcast-town/

2014年、アメリカの情報通信・メディアエンターテイメント企業Comcastが提供するソーシャルゲーム「Comcast Town」のCDを岸本さんが務める2014年、アメリカの情報通信・メディアエンターテイメント企業Comcastが提供するソーシャルゲーム「Comcast Town」のCDを岸本さんが務める

若さを武器に!

ここまでの話は海外で働く体験の一部ですが、少しは現地の空気感が伝わったでしょうか? 気持ちの持ち方を変えて、ほんの少し自信を持って臨めると、意外と何とかなるのかもしれません。

NEXMAG(ネクスマグ)のユーザーは、10〜20代の若いクリエイターや、ネクストステップを意識する30代クリエイターもよく訪れるチャネルです。改めてそのことを伝えると、岸本さんからは「若さを武器に!」と鼓舞してもらいました。

「若さは欲しくても手に入れられません。年齢を重ねてきた立場からすれば、若さは憧れ。羨ましくて仕方がないです。若い時こそ、まずは結果を考えず、迷う前に挑戦してほしい。気になる対象が海外であるなら、今までの話が少しでも参考になると嬉しいです。行けば、何とかなるものですよ!」

オフィスでの岸本さん。UNIT9の同僚との2ショットオフィスでの岸本さん。UNIT9の同僚との2ショット

事業開発に携わる立場から、岸本さんは日頃の業務で若年層と接する機会も多いとか。「自分の時代と比べて、今の20代は幸せのあり方を真剣に考えている」と実感するそうです。

「僕たちの時代は、まだまだ高学歴で大企業への入社が勝ち組、みたいな価値観が染み渡っていましたが、もうそんな時代ではない。たくさんお金を稼ぐことと、楽しく幸せに生きることとは決して比例の関係でない。そのことを若いみなさん自身がわかっているし、よく考えようともしている。その姿勢をこれからも大切にしてほしいですし、僕も今の仕事を通じてできることを模索しています」

こうした経験者の生の言葉が、海外への考え方を前向きに変えることでしょう。自らのあり方を探り直すきっかけにしてください。

ライタープロフィール 遠藤義浩

フリーランスの編集者/ライター。雑誌『Web Designing』(マイナビ出版)の常駐編集者などを経て、主にデジタルクリエイティブやデジタルマーケティング分野の媒体の編集/執筆、オウンドメディアの企画/コンテンツ制作などに携わる。

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